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世界のパンダニュース、臥龍中国パンダ保護研究センター、そして、四川省成都パンダ繁殖基地のパンダ ニュースをご紹介します。

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2005年度のパンダ ニュース 2004年度のパンダ ニュース 2003年度のパンダ ニュース

2009年 パンダ ニュース

2009年7月24日 臥龍のパンダ三日連続で出産記録を破る

7月24日午後2時頃、パンダ「海子(ハイズ)」は出産の前兆を表しました。モニタ室で監視していたスタッフ達に緊張感が走り、赤ちゃんの出産の準備を急ぎました。17時10分、「海子」は破水し、17時51分、1頭の赤ちゃんが産まれました。怖がり屋の「海子」は、出産の過程で、ずっと壁に面していました。そして、赤ちゃんを産んでからずっと胸に抱いていて、赤ちゃんは、お母さんに抱かれながら大きな声で鳴いていました。

「海子」は、四川省西昌市の野生パンダで、1996年の秋に生まれ、身体があまり大きくなく、とても警戒心が強いパンダです。2005年の9才で初出産。今は3頭の子のお母さんです。「海子」は、今年3月28日に「霊霊(リンリン)」と自然交尾をし、確実に妊娠ができるように、3月29日に「園園(ユエンユエン)」から精子を採集して、「海子」に人工授精を施しました。そのため今年産まれた赤ちゃんの父親は、まだ確定されていません。 センターでは、今年7月7日の赤ちゃんの出産から、既に7頭のメス パンダが妊娠をし、合計8頭の赤ちゃんが産まれました。特に、7月22日から3日間連続で赤ちゃんが産まれているので、人工飼育のパンダの出産のシーズンに入っていることを示しています。


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2009年7月23日 「優優」は世界初の冷凍精子受精の赤ちゃんパンダを出産

7月23日、センターのメス パンダ「優優 (ユウユウ)」は、1頭の赤ちゃんを出産しました。この赤ちゃんは世界で初めて冷凍精子を使用した人工授精で妊娠しました。これはパンダ保護研究技術において大きな前進です。

「優優」は、23日早朝4時38分に破水し、7時41分、赤ちゃんの鋭い鳴声がセンターの早朝の静けさの中に響きわたりました。「優優」は、口で産まれたばかりの赤ちゃんを咥えて、自分の腕の中に入れ、舌で赤ちゃんの身体を舐めました。「優優」は今回で3回目の出産になります。今年センターで産まれた赤ちゃんの中では7番目で、世界で産まれた赤ちゃんの中では10番目になります。

「優優」は、1998年に生まれました。四川の森林で生まれたパンダの「英英(インイン)」が初めて出産した子供です。父親は甘粛省白水江の野生パンダ「林楠(リンナン)」です。2006年、11才の「優優」は初めて母親になりました。2007年、もう一頭の赤ちゃんを出産し、今年3月20日、センターのスタッフはセンターの雄パンダ「芦芦(ルールー)」から採集した冷凍精液を用い、「優優」に人工授精を施しました。6月初め、B型超音波検査により「優優」が妊娠していることを発見しました。

パンダの精液は体外で数時間しか保存できませんが、冷蔵条件の下では3日間保存できます。精液冷凍技術を使った場合、パンダの精液の保存期間を数十年延ばすことができます。しかし、冷凍精液が解凍された後の生存力はとても低いので、人工授精に使われる精子に対する品質の要求を満たすことができません。センターは長年の科学研究を通じて、解凍後の精液の活力を80%までに高めました。この技術こそ人工飼育のパンダの品質を保証できることになり、人工飼育のパンダの種の遺伝の多様性及び種の繁殖の拡大にも重要な意義があります。


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2009年7月16日 2年ぶりに「喜妹」が赤ちゃんパンダを出産

7月16日「喜妹(シーメイ)」が、中国パンダ保護研究センターで、4頭目の赤ちゃんを産みました。「喜妹」は2000年8月8日臥龍で生まれたパンダで、父親は「大地(ダァディ)」で、母親は「21号」です。2005年に初出産、2006年にも出産し、2年連続して双子の赤ちゃんを産みました。2007年3月の発情期には発情しませんでした。しかし、他のパンダが相次いで出産期に入った8月に発情しました。スタッフ達は「喜妹」に人工授精を施しましが、成功はしませんでした。翌年2008年は、通常の時期に発情し、人工授精も施しましたが、妊娠はしませんでした。スタッフ達は、「喜妹」に、細心の注意を払って、食事を調整し、生理周期の乱れの回復に努めました。そして、今年3月「喜妹」が正常に発情したので、スタッフ達は3月23日に、「芦芦(ルールー)」と自然交尾させた後、次の日に、さらに人口授精を施しました。この一連の努力により、7月16日「喜妹」は無事に出産しました。

「喜妹」と同じ発情期に人工授精を施したパンダは22頭で、近いうちにそれぞれのパンダが出産期に入る予定です。

16日の穏やかな朝、「喜妹」はいつもより長く寝ていましたが、目が覚めてから突然出産の前兆が現れ、スタッフ達は赤ちゃんの誕生を迎える準備に入りました。11時7分、破水し、11時19分に赤ちゃんが産まれました。赤ちゃんの鳴き声を聞きながら、「喜妹」は手を延ばして自分の赤ちゃんを抱きました。背を外側に向けて、一所懸命に赤ちゃんの身体を優しく舐めていました。


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2009年7月7日 七夕の日、2頭のパンダから赤ちゃんパンダ誕生へ

2009年7月7日に、華美(ホアメイ)と公主(ゴンズー)は、中国パンダ保護研究センターの碧峰峡基地で12時53分と13時8分に赤ちゃんパンダを産みました。2頭は、林恵(リンフィ)が同年5月27日にタイで赤ちゃんを産んだ後、中国で今年産まれた最初のパンダの赤ちゃんです。

6月28日から、華美と公主は、食欲がなくなり、苛立つなどの出産前の兆候を見せ始めました。センターのスタッフ達は、2頭のパンダの行動の変化について綿密に観察をし、無事に出産できるよう準備をするために24時間のモニタリングを開始しました。 公主の行動から、スタッフ達は最初、公主が今年初めての赤ちゃんを産むだろうと思っていました。 そして、7月7日午前11時30分、ほとんど同時に、2頭のパンダの陣痛が始まりました。その後、公主は12時11分、華美は、12時15分に破水しました。しかし、華美が公主よりも先の12時53分に出産しました。公主は、その15分後に出産しました。 華美と公主は、5・12の大地震の後に臥龍から雅安の碧峰峡基地へ移動してきました。華美と公主は、地震の恐怖のために、2008年は発情しませんでした。その後、スタッフ達の暖かい介護のかいがあって、発情し交尾をしました。

華美は、1999年8月21日にアメリカのサンディエゴ動物園で石石(シーシー)と白雲(バイユン)の間に産まれた最初の子供です。そして、2004年3月31日に海外から中国へ帰郷した最初のパンダです。華美は過去に4回出産して7頭の子供が産まれました。 2004年には、初めて双子を産み、そのうちの一頭の団団(トァントァン)は、台湾へ授与されました。 公主は現在11歳、1998年9月11日に臥龍パンダ保護研究センターで生まれました。父親は大地(ダァディ)、母親は21号です。2003年に、初めて出産し、海子(ハイズ)を産みました。今回を含め、6回出産して9頭の子供を産みました。今年の2月、発情のサインを示し、3月21日に武岡(ウガン)と結ばれました。

左から、華美、公主1、公主2

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2009年5月27日 臥龍中国パンダ保護研究センター所属のパンダ「林恵」がタイで赤ちゃんを出産

2009年5月27日、タイ王国清邁動物園から嬉しいニュースが届きました。タイ王国に滞在中の臥龍中国パンダ保護研究センター所属のパンダ「林恵(リン フィ)」は午前11時40分に、赤ちゃんパンダを出産しました。これは「林恵」と「創創(ツァンツァン)」の間の第一子で、2009年に世界で初めて生まれた赤ちゃんパンダです。 新生児のパンダのお母さんは、2001年9月28日に臥龍で生まれたパンダ、「林恵」で、父親は「パンパン」、母親は「21号」。新生児のパンダのお父さんは「創創」で、2000年8月6日に臥龍で生まれました。父親は「新星(シンシン)」、母親は「白雪(バイ シェイ)」です。

2003年10月12日、3才の「創創」は2才の「林恵」と一緒に臥龍から、10年間のパンダをめぐる中タイ両国の科学技術共同研究の為にタイ王国 清邁に派遣されました。  今、「林恵」と「創創」はタイで既に7年の月日を過ごしており、すっかりタイの生活に慣れて、すくすくと成長してきました。中国パンダ保護研究センターのスタッフとタイ王国 清邁動物園のスタッフは2006年に「林恵」と「創創」の初発情からパンダの繁殖の共同研究を始めました。自然交配の試みは失敗に終わってしまいましたが、その後も両国のスタッフ達は、諦めずに「林恵」と「創創」の子の繁殖に努力し続けました。しかし、上手く成功しませんでした。

2009年2月3日、タイのスタッフ達はパンダ「林恵」の目立った発情行為に気づき、すぐに臥龍中国パンダ保護研究センターに専門家の派遣を要請しました。その後、両国の専門家の共同作業で、2月17日と18日の2日続きで2回も「林恵」に人工授精の手術を施しました。手術は大成功でしたが、妊娠の確認ができませんでした。その一方、出産の準備は着々と進め、タイのパンダの赤ちゃんの飼育研修生が臥龍パンダ保護研究センターで、パンダの赤ちゃんの飼育の勉強を受けていました。

2009年5月27日早朝、「林恵」の飼育員は「林恵」が自分の乳を舐めたり、お腹を掃除したりするなどの行為を発見しました。11時40分、赤ちゃんパンダの鋭い鳴き声と共に、98日間の妊娠を経て、「林恵」は順調に赤ちゃんパンダを産みました。これは2009年、全世界で一番早く産まれた赤ちゃんパンダです。

目下、生まれた赤ちゃんパンダは両国のパンダの飼育保護スタッフや専門家の手によって、健やかに成長できるよう見守られています。


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臥龍国家パンダ保護研究センターの再建案決定

四川省林業庁によると、臥龍パンダ自然保護区震災後の再建案が2009年5月初め正式に決定されました。再建案はパンダ科学研究施設の建設、パンダ自然生息地の回復及び人間生活ゾーンの再建という3つの部分からなります。四川省人民政府からは2.5億元(約36.71億円)の投資を予定しています。

臥龍パンダ自然保護区は中国パンダ保護研究センター、中国パンダ保護研究センター雅安碧峰峡基地、中国パンダ保護都江堰疾病防止センターという3つの基地の建設を計画しています。新しいパンダ保護研究センターとして、パンダの飼育用厩舎を30ユニット、繁殖用厩舎を20ユニット、科学研究実験室1棟、パンダ獣医院1棟、パンダ保護研修及び教育センター1棟などの施設を新たに建設する予定です。他に小規模のパンダ野生状態模擬訓練場を10ヵ所、敷地面積は合計30万u。中規模のパンダ野生状態模擬訓練場を10ヵ所、敷地面積は合計200万〜300万u。大規模の野生状態模擬訓練場は3つ、敷地面積は300万u。人工飼育パンダの食用竹林は275.60ヘクタールなどの建設計画があります。

震災後再建計画には「デジタル臥龍」の建設予定があり、それは主に基本環境の監視観測システム、パンダ知能化観測制御システム、オフィス自動化システム、マルチメディア展示システム、無線通信網システム、森林防火監視システムなど6つのシステムの建設が計画されています。この他に、人工飼育のパンダの数が相対的に集中している臥龍と成都の間にある都江堰市にパンダ疾病防止センターを設立して、パンダの伝染病病原、病因、発病メカニズム及び治療手段などについて研究します。


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四川臥龍パンダ基地年内建設開始予定

昨年5月12日に起きた四川大地震で大きな被害があった世界最大のパンダ人口繁殖基地――臥龍パンダ保護研究センターは年内再建工事が始まり、2年後に完成する予定である。 新しいパンダ保護研究センターの建設場所は殆ど倒壊された元の場所から約十数キロメートルを離れている黄草坪地域を選んだ。

センターの建設工事は香港特別行政区政府の支援の下で実施される予定。現在、建設工事の実施の為、香港と四川省政府の間で日程調整中。年内工事が着工する見通しである。 パンダ自然保護区の責任者黄建華は、黄草坪を新しいパンダ保護研究センターの建設場所に選んだ理由について、このように話した。「黄草坪新住所はこの地域の地質構造の安全性及びパンダの生活習慣など多方面の要素を総合的に見た上、決めたのです。ここは地勢が広々としており、環境、気候、水源条件などは臥龍地域では一番いいです。同時にパンダが元の生活環境に一定の依頼性を持っていることから、新場所が旧場所よりあまり遠くない方がいいという観点もあるからここにしました。」

新しいセンターは元のセンターより面積が広くなり、特に安全性から最も注意を払って計画されているということだ。 昨年の四川大地震で臥龍パンダ保護研究センターは大きな損壊があった。施設がほとんど機能できなくなり、60数頭のパンダも1頭がなくなり、1頭が負傷し、1頭が行方不明になった。現在、元々センター内に居るパンダは大部分四川省雅安にある碧峰峡パンダ基地に移送されているが、6頭1才半の子パンダが現地に居残って、臥龍鎮政府横のパンダ臨時厩舎で暮らしている。8人のスタッフがこの6頭の子パンダの面倒を見ている。

1980年に設立された中国パンダ保護研究センターは世界最大のパンダの繁殖基地である。現在までは144頭のパンダを繁殖してきた。元気に生きてきたのは123頭。人工飼育のパンダ数は1991年の10頭から142頭に増やしており、世界の人口飼育パンダの60%を占めている。


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震災後の野生パンダ観測

震災後1か月も経たないうち、臥龍パンダ保護研究センター、臥龍自然保護区、は北京大学生命科学院、北京山水自然保護センターと提携して、二次災害が頻発していたにも係わらず、リスクを冒して、広い範囲の野外観測作業を始めました。スタッフ達は道路が寸断された山奥に徒歩で入り、野生のパンダの足跡を追い、生活ルート等を把握し、地震による被害があるかどうかの調査をしました。同時に、赤外線触発型カメラを穴に埋め込む技術を導入して、自然保護区内の野生のパンダがよく出没する場所に赤外線触発型カメラを91ヵ所設置しました。その赤外線触発型カメラの設置密度は500メートル置きの水平距離に1台設置されています。赤外線触発型カメラで撮られた映像で地震前後のパンダを含む野生動物の分布、移動などの変化を分析し、よりよい環境保護の施策をするために役立てています。
2008年に臥龍パンダ保護研究センターは、このような大規模な野外観測と調査を5回ほど行いました。


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野生パンダの観測制度を統一するためマニュアル化へ

野生パンダおよび生息地におけるパトロール保護観測を統一するためにマニュアル化をすることになりました。国家林業局編集の『全国パンダ及び生息地観測技術規程(試行版)』に従って、一部の保護区でのテストを経て、更に修正や補完をし、そのマニュアルに従って、陝西省、四川省および甘粛三省で全面的にパトロール保護観測を実施することになりました。

2008年10月8日、国家林業局野生動植物保護局、パンダ事業弁公室は、国家林業局調査企画設計院、WWF、陝西省、四川省、甘粛三省林業庁および保護区の代表を集めて、全国のパンダおよびその生息地におけるパトロール保護と観測技術の検討会を開催しました。検討会において、WWFは「パンダおよびその生息地へのパトロール保護と観測項目への評価」と「パンダおよびその生息地におけるパトロール保護と観測技術方法」という2つのレポートを発表しました。この2つの報告はWWFが検討会、実地訪問、アンケート調査および野外歩測等の方法を通して、今までパンダのパトロール保護および観測作業での成功経験と問題点を初めて客観的に総括しました。WWFのレポートは政府関係部門や各パンダ保護区から大くの興味と注目を集めました。

WWF種プロジェクト部主任の範志勇氏は、次の様に指摘しました。「今まで全国のパンダ生存状況の調査が3回ぐらいは行われたが、3回とも調査方法が異なっていた。同じ調査データでも毎回の結果がお互いに比較できないものであった。長期にわたるパトロール保護と観測技術は違う省や山脈の違いでも違ってくる。これは将来われわれがパンダの生存環境および野生のパンダの管理において政策決定を行う際、地理的に、時間的に正確でかつ合理的な方案を出すのに大変大きな障害をもたらしてしまう恐れがある。」彼は、三省の一定範囲内で野生のパンダのパトロール保護と観測技術をテストして、より良い統一したマニュアルの下で各地へ広げていくべきと主張していました。 検討会で、専門家たちはWWFの上記報告の提案を取りいれて、国家林業局が企画した「全国パンダ及び生息地観測技

術規程(試行版)」を巡り、野生パンダおよび生息地へのパトロール保護と観測技術について、意見を述べ、健全な観測制度の樹立及び保護対策を呼び掛けました。 専門家は全国で統一した野生のパンダおよび生息地でのパトロール保護と観測制度の樹立が十二分に必要であり、かつ時間が迫っていて早く解決しなければならないことであると認識しています。そして、この制度の実施の為に早く人材教育を急ぐべきで、当分の間、教育機関を作らなければなりません。そして、各省間の連動的な情報システムとお互いに監督しあう体制も必要である事など具体的な提案が出されていました。この会議は野生のパンダおよびその生息地への管理、観測を科学的にやる方向へシフトする方針を示したので、大きな意味を持つものになりました。

2008年5月12日に起きた四川大地震は臥龍パンダ保護研究センターに大きな打撃を与えただけでなく、臥龍自然保護区の生態系にも深刻な破壊をもたらしました。地震の為にこの地域における野生のパンダなど動物への観測もストップしてしまいました。 臥龍パンダ保護研究センターは震災後の野生のパンダおよび周辺動物の生態系の変化を調査する為に、一日も早く生態系の調査や全面的な自然観測を始めることにしました。


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WWFは山脈パンダと生息地保護の戦略を制定へ

世界自然遺産である山脈地域をより良く管理できるようにするため、WWFは各方面の専門家と保護区のスタッフを呼び寄せて、成都で会議を開きました。会議の目的は、急速な経済成長と四川大地震がもたらした脅威と圧力に対応するためで、山脈のパンダ及びパンダの生息地の保護戦略を制定し、世界自然遺産を有効的に保護することにあります。

WWF(中国)プロジェクト実施副総監 凌 林氏は、「山脈は北に岷山と繋がり、南に涼山と隣接している。現存のパンダの生息地への最も重要な通路である。ここにおける生物多様性への保護はパンダ保護にとっても重要な意味を持つだけでなく、中国が世界自然遺産に対して良好な管理を施していることを世界に示すことができるのだ。」と、保護戦略を説明しています。

第三次全国パンダ調査によると、山脈では437頭の野生のパンダが生息しています。ここで生息しているパンダの活動範囲は2364.28キロメートルにおよびます。??山脈は、世界で岷山山脈に次ぐ第二のパンダ群とパンダの生息地です。また、山脈エリアには豊富な生物の為の多種多様な資源があります。例えば、国家が重点的に保護する植物は、ハンカチの木、光葉のハンカチの木、唐アズキの杉などです。また、国家が重点的に保護する動物は金糸猿、雲豹、豹、雪豹、白唇鹿などで、世界でも有名な臥龍パンダ保護区がこの??山脈に位置しています。

2006年7月、国連教科文組織は、面積が9245平方キロメートルで、成都市、雅安市、アバチベット族チャン族自治州、カンズチベット族自治州など4つの行政地域におよぶ12の県または県レベルの市をカバーしている山脈地区を「四川パンダ生息地」の称号として世界自然遺産に登録しました。

この地域ではパンダ及びパンダの生息地を主とした自然保護区が7つ以上も作られており、65%以上のパンダの生息地を保護区の管理下に入れています。国内外でも著名な臥龍、蜂桶寨国家級自然保護区は割と管理が行き届いていますが、山脈における自然保護区の殆どは保護管理水準がまだまだ足りないか、スタートしたばかりの段階にすぎません。経済の急速な発展により、自然保護区以外のパンダの生息地では日増しに強く脅威と圧力を受けているのが現状です。と同時に、昨年の四川大地震が山脈の臥龍、鞍子河、草坂という3つの保護区に対して、植生、自然景観だけでなく、保護区内の基礎施設や設備およびスタッフに大きな破壊をもたらして、これからの保護作業に新しい困難をもたらしました。WWFは、パートナトともにこの地域における生態系回復、科学的な管理及び保護活動を広げていくことを考えています。


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2009年4月30日 北京オリンピック応援パンダ南京紅山動物園へ

2009年4月29日に中国パンダ保護研究センターは、6頭のパンダを北京動物園へ送り、「国宝が国慶節を迎える」イベントに送り出したことに継いで、4月30日に、昨年開催された北京オリンピックの応援に行っていた3頭のパンダを、南京紅山動物園へ送り出しました。その3頭のパンダは、翠翠(ツイツイ)、朶朶(ドゥオドゥオ)、朗朗(ランラン)で、その内、翠翠と朗朗は双子の兄弟です。
この3頭のパンダは、昨年の北京オリンピック開催中、北京動物園で応援パンダとして滞在していた時に、一番人気が高かったので、今回の南京動物園でのサマー キャンペーンの主賓として選ばれました。
碧峰峡基地から車で成都国際空港に移送された3頭のパンダは、飛行機に乗って上海まで行った後、また車に乗って上海から南京へ移送されるので、2000kmを超える長旅になります。3頭のパンダは、南京紅山動物園でもまた人気者になることでしょう。


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2009年4月29日 「国宝が国慶節を迎える」為に、6頭のパンダが北京動物園へ出発

中華人民共和国成立60周年を祝うために、中国パンダ保護研究センターは、北京動物園と共同で「国宝が国慶節を迎える」というテーマの野生動物保護の成果展を行うことになりました。このイベントは北京動物園で、1年間という長期に渡って行う予定です。臥龍パンダ保護研究センターはこのイベントの為に、外形、性格、身体的条件、適応能力などから6頭のパンダを選びました。その6頭は、「華奥(Hua Ao)」、「錦意(Jin Yi)」、「香格(Xiang Ge)」、「水霊(Shui Ling)」、「清風(Qing Feng)」、「文雨(Wen Yun)」で、何れも2007年生まれの成人前のパンダです。

2009年4月29日 午前7時20分、飼育係達は6頭のパンダが居るパンダ飼育舎の外で、移送用の籠にパンダを入れる作業を行いました。飼育員の誘導の下で、パンダの籠詰め作業はすぐ完了しました。
午前8時30分、雅安の碧峰峡基地で「歓送セレモニー」が行われ、臥龍国家級自然保護区管理局局長、中国パンダ保護研究センター主任 張和民氏、北京動物園副園長 張金国氏が揃って挨拶しました。
午前8時45分、6頭のパンダを積んだ車が碧峰峡基地を出て、成都国際空港に向かいました。


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2009年4月25日 臥龍に残っていたパンダ、すべて雅安 碧峰峡基地へ

中国パンダ保護研究センターは四川大地震後、臥龍に留守していた最後の6頭のパンダを4月25日 午後6時に雅安にある同研究センター碧峰峡基地に無事移送しました。この6頭のパンダは2007年生まれの子パンダで、「文雨(Wen Yu)」、「清風(Qing Feng)」、「水霊(Shui Ling)」、「武俊(Wu Jun)」、「香格(Xiang Ge)」、「汪佳(Wang Jia)」です。

「5・12」四川大地震で、中国パンダ保護研究センター胡桃坪基地が大きな損壊を受けました。安全上及び健全な環境下でパンダの飼育を続ける考えに基づき、殆どのパンダは臥龍以外の地域へ移送されました。飼育舎が足りず移送には限度があるため6頭のパンダは、倒壊した臥龍パンダ保護研究センターから6kmしか離れていない皮条河の仮飼育舎へ臨時的に移送し、飼育専門家の付き添いで飼育されることになりました。そして、1年経った現在、6頭の子パンダ達は元気に成長し、体重が20s〜60、70sまで増えました。日に日に大きくなる6頭のパンダを収容する仮飼育舎は子パンダ達の成長のニーズに応えられなくなてきました。

一方、震災後の臥龍パンダ保護研究センターの再建工事も本格的に始まりました。6頭の子パンダの臨時的な飼育所も再建の計画に組み込まれたので、臥龍区域内では広範囲の工事を始めるにつれて、6頭のパンダを現地に留めて飼育を継続する環境でもなくなったので、パンダ保護センターは、6頭の子パンダをより安全な雅安の碧峰峡基地への移送を決定しました。移送する際、経験豊かな獣医責任者の湯純香氏、動物管理部門の責任者の魏明氏と保安官を派遣して、移送過程の監督と管理の為に付き添わせました。

碧峰峡基地では緊急に20セットの飼育舎を増築し、4月中旬にそれを竣工させ、新宅に6頭の子パンダを迎えることができました。新しい家で、6頭の子パンダはこの先も健やかに成長していくことでしょう。

左から、汪佳、武俊、文雨
左から、香格、水霊、清風

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2009年3月5日 パンダ幼稚園入園式

2009年3月5日 臥龍中国パンダ保護研究センターと日本パンダ保護協会との合同開催で、2008年に生まれた13頭の子パンダのパンダ幼稚園入園式が開催されました。

臥龍中国パンダ保護研究センターは、地震の復興が完了するまで、雅安市にある第二基地の碧峰峡基地に拠点を移して活動しています。パンダ幼稚園もこの日の為に碧峰峡基地に新設されました。この他、臥龍中国パンダ保護研究センターから避難してきているパンダの為に新しい飼育舎が続々と建設されています。

朝まで降っていた雨も上がり、まずは、子パンダを育てたお母さんパンダやお父さんパンダらが居る飼育舎のお掃除に出かけました。2名ずつのグループに別れ、パンダを外や室内に移動させて飼育舎を隅々まで綺麗にし、掃除が終った後、笹を運びました。パンダ達は待ってましたとばかりに新鮮な笹を食べ始めました。途中、手違いがあり、サンディエゴ動物園生まれのオス パンダの美生(メイ シェン)が檻の外から出てしまいました。美生はあたりを見回しながらゆっくり歩き探索しているようでした。お腹が空いて朝ごはんが待ちきれなかったのかも知れません。5分ほど自由に歩き回った後、自ら自分の檻に戻って行きました。後でスタッフに聞いた話によると、こんなことは良くある事のようです。パンダが外に出て、人間が檻の中に隠れるという不思議な光景でしたが、パンダ ファンにとっては嬉しいハプニングでした。

午後は待ちに待った入園式です。この頃には、曇っていた空も晴れ薄日が射してきました。雨が降っていた場合、子パンダが風邪をひく可能性があるので、外には出せないと言われていたのですが、この日この時だけ奇跡的に晴れたのです。 黄炎さんから、当協会の支援に対する感謝の言葉の後、子パンダと一緒に幼稚園の中へ入場です。今回は運が良く、入園する子パンダ13頭と参加者が13人と数が一致したこともあり、一人一頭の自分の里子パンダを抱っこして入園できることになりました。

一人ずつ子パンダを抱き、いざ、入園です。子パンダは外で遊べることを待っていた様子で、「早く遊ばせてぇ〜。」と言わんばかりに抱っこされている腕のなかで暴れまわっていました。もちろん大人しい子パンダもいましたが、それぞれのやんちゃぶりの個性豊かな子パンダ達は、参加者たちの心を和ませていました。束の間の入園式の後、子パンダ達は思い思いの場所で、遊び、ころげまわっていました。無邪気に遊ぶ姿は、微笑ましくとても可愛い姿でした。

大地震の後で生まれた子パンダということもあり、どんな状態か少し心配していましたが、その心配を吹き飛ばすかのように、本当に元気で、お母さんパンダと飼育員達の愛情をたっぷりと受けてスクスクと育っていることが良くわかりました。 これからも、この子パンダ達が、食べて遊んで、健康で育って欲しいと願うばかりでした。

夜は、入園式の招待に感謝の意を表して、碧峰峡基地で働くスタッフ全員を、日本パンダ保護協会が食事に招待してパーティーを開催しました。参加者全員が、スタッフ達の日々の苦労を労い感謝の言葉を述べました。

次の日、3月6日は生憎の雨。パンダ クラブが次に用意してくれたプログラムは、「パンダの生態観察」でした。パンダにとって今の季節は結婚シーズンで、飼育舎のあちこちでカップルが誕生していました。新しく建設された大人パンダの飼育舎には、飼育エリアの上からパンダの状態や行動を観察できるようになっています。パンダの発情の状態を、スタッフ達は細かくチェックしてカップルを誕生させていました。丁度、この日、神戸市立王子動物園から帰郷した「錦竹」とオス パンダのカップルが成立したそうです。今年も「錦竹」から、赤ちゃんパンダが誕生する事を願ってやみません。

午後の自由時間、この日は雨が降って止まなかった為、昨日入園した子パンダ達は外に出してもらえませんでした。仕方がないので、2007年に生まれた子パンダのエリアに移動して観覧することになりました。昨年会った時の面影は残すものの、見違える様に大きくっていました。もちろん可愛さは健在です。あどけない仕草は残しつつ、落ち着いた可愛さを振りまいていました。地震後の情緒不安定さも感じさせず、山あり谷ありの遊戯場で寛ぎ笹を頬張っていました。その後、「パンダ勉強会」と題して、パンダ研究専門の先生から、パンダの発情時の様子について、パンダの性格について、パンダの血統についてのレクチャーを受けました。中でも、面白いなぁと思ったのは、パンダの世界でも好かれるパンダ、あまりそうではないパンダがいるそうで、それは女性フォルモンに関係していて、今年人気のあるメス パンダは、これまたサンディエゴ動物園から帰郷した美華(ファ メイ)で、どのオス パンダにも好かれているそうです。一方、日本から帰郷した「錦竹(ジン ツゥ)」は、ここではプリンセスと呼ばれているのにも関わらず、男性フォルモンの分泌が高いそうです。パンダの血統についての話では、自然交尾する場合でも人工授精を行う場合でも、必ずペアを組ませるのは一頭のメス バンダに対して、同じ一頭のオス パンダと決めているそうで、人工授精で生まれたとしても、どのオス パンダの子パンダかが解る様に血統にも配慮しているそうです。また、病気のパンダの手術を行った際、健康なパンダの血液を採血して輸血したところ、血液の不適合の反応がでて輸血できなかった事をきっかけに、パンダの血液型の研究が初められたそうです。恐らくパンダの血液型は、3つないしそれ以上の血液型があるのではないかと推測されているようです。

パンダの生態にはまだ謎が多く、研究すべきことが沢山ある不思議な生き物だと言うことが解り、ますます興味深い動物であり、もっと色々な知識を深めたくなりました。

2009年の子パンダ入園式は、楽しく「あっ。」と言う間の一時でした。
別れ際、保護協会のTシャツの売り上げ代金を、パンダ クラブに寄付し、また今年の秋に行われる予定の里親祭りでの再会を祈ってイベントは幕を閉じました。


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