パンダニュース

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世界のパンダニュース、臥龍中国パンダ保護研究センター、そして、四川省成都パンダ繁殖基地のパンダ ニュースをご紹介します。

2011年 パンダ ニュース

2011年4月1日 東京都恩賜上野動物園のジャイアント パンダ 日本デビュー

リーリー登場。遠目にいつもと違う光景をうかがう。

リーリー、笹を口にくわえて、食事の準備。

リーリー、後ろ向きに定着。顔が見えません...。

報道陣の気持が通じたのか、リーリー、チラッ見。「ねぇ、今日はいつもよりギャラリー多くない?」

シンシンは、サービス精神も旺盛。前向きでお食事中。

ひたすら食べるシンシン。「日本の笹は美味しいわぁ〜。」

リーリーは、落ち着かないのか、活発に歩きます。

リーリーは、シンシンが気になります。

「私のお腹の前に黄色いものが...。ガラス越しに写真を撮るのは、写り込みがあって難しいでしょ。」

シンシンは、お腹がいっぱいになったのか、まどろみ中。

東日本大震災の影響で、3月22日から延期されていたパンダの日本デビューが、2011年4月1日(金)にようやく実現しました。悲しいニュースの連続で心が沈む中、二頭の愛らしい姿に、この一時の間だけは、観覧者も報道陣も和やかな雰囲気に包まれました。

上野動物園でパンダが公開されるのはリンリンが亡くなってから3年ぶりで、パンダを観ようと朝早くから長い列ができ開園を待っていました。あまりにも多くの人が並んだため、開園を15分繰り上げての公開になりました。報道陣は国内外100社以上が集結しました。

9時30分ごろ、待ちに待ったパンダが一頭ずつ屋外展示場に登場。最初に雌のシンシンが姿を現しました。一斉に押されるシャッター、実況中継のアナウンサーの声。しかしシンシンはまったく落ち着いていて、屋外展示場の様子を軽く確認した後、報道陣にも動じることなく屋外展示場の前面に置かれた笹の前に座り笹を美味しそうに頬張り始めました。

次に出てきた、雄のリーリーは、展示場の中を念入りに確認して歩いてまわり、いつもより多いギャラリーを横目に、石を背持たれにして笹の前に座り笹を食べ始めました。報道陣のカメラ位置からは丁度後ろ向きの体制になったため、リーリー側からは落胆の声が漏れていました。
シンシンもリーリーもいつもとは違う雰囲気や人の多さやは感じているものの日本での生活にすっかり慣れている様子でとても元気でした。

11:00からパンダ舎の前では、小宮輝之 園長と、福田豊 飼育展示課長との囲み取材が行われました。最初に小宮輝之 園長から「こんなに沢山の方が集まってくれて大変嬉しい、最近の上野動物園の来園者は大人が多かったが、今日は子供さんの姿が多くみられる。パンダを始め色々な動物を観て癒されてくれると嬉しい、また、パンダの公開までには、中国スタッフの協力に大変感謝しています。」と挨拶かあり、質疑応答に移りました。

質問、今日のパンダの様子はどうですか?
回答、観客の前に出で少し緊張しているものの、食欲もあり餌もいつもと同じ様に食べているのでとても元気。その証拠に、以前は、シンシンとリーリーは一日に10kbぐらいの糞をしていたが、最近、特にリーリーは、沢山餌を食べて一日に20kbの糞をするようになった。

質問、上野動物園ではパンダは何を食べていますか?
回答、人参、りんご、とうもろこしを主原料にしたパンダ パン、竹や笹を与えています。昔はおかゆ等も与えていたが、長年の研究の結果、パンダは竹を沢山食べないと大きく成長しないことが分かったので、竹を沢山与えるようにしている。

質問、3月11日の大地震の時の様子はどうでしたか?
回答、動物園の動物は皆驚いていた。シンシンとリーリーも驚いて部屋の中を走りまわっていたが、シンシンはすぐに落ち着いて餌を食べ始めた。リーリーはシンシンより長い時間興奮していたが、やがて落ち着いて餌を食べ始めた。

質問、シンシンに発情の兆候があるとのことだが、どのような様子ですか?
回答、昨日までは、餌の量が少し減るなどしていたが、今日は通常の時と同様に食べているので、発情のピークには達していない様子。発情すると、オスのことを気にしたり、独特の鳴き声をし、身体がほてってくるらしく、プールに入ったりする。その様な兆候がでてきたらリーリーと一緒にする予定。また、その様な嬉しい兆候がみられたら、急遽公開を中止する予定。

その他様々質問があり、小宮 園長と福田 飼育展示課長が丁寧に回答されていました。記者からの質問で一番多かったのは、やはりシンシンの発情の兆候についてでした。早くもパンダ ベビーの誕生の期待が高まっているようです。

パンダ舎の前には何重もの列ができ、シンシンとリーリーの前は観覧者で身動きがとれないほどでした。リーリーはあまりにもの人の多さに、パンダが恋しくなったのか、シンシンの展示場の格子の前に笹を持って行き食べる場面もありました。シンシンもそんなリーリーが気になるらしくお互いが格子越しによる場面もありました。しかし、マイペースのシンシンはお腹がいっぱいになったのか、大きな岩を枕にしてまどろみ始めました。

今日をスタートに、リーリーとシンシンは私達に愛くるしい姿を魅せて、動物園に訪れた人達を魅了させてくれることでしょう。

子供も大人も目の前の動くパンダに興奮ぎみで、「可愛い〜。」と歓声を上げながら、その姿を写真に収めていました。暖かい陽射しの中、リーリーとシンシンのパンダ舎の前は、輝く笑顔で溢れていました。


残念ながら当日は2頭の綺麗な写真を撮ることができなかったので、上野動物園にシンシンとリーリーの写真をお願いしました。公開前3月2日〜3月6日に撮影されたシンシンとリーリーです。

力力 (リーリー)
真真 (シンシン)
Special thanks to Ueno Zoo

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2010年 パンダ ニュース

2010年9月9日 神戸市立王子動物園のジャイアント パンダ、興興 (コウコウ)の悲報

神戸市立王子動物園で飼育しているジャイアント パンダ「興興(コウコウ)」(オス 14歳)が2010年9月9日(木)に亡くなりました。
コウコウは「旦旦(タンタン)」(メス 14歳) に発情の兆候が見られたため、9日午前9時ごろよりコウコウに麻酔をして採精を試み、終了後、麻酔からの覚醒中に心肺停止の状態となり、様々な蘇生措置をおこないましたが、午前12時00分に亡くなったということです。
現在のところ、死亡原因は調査中で不明です。

コウコウとタンタンは、日中共同飼育繁殖研究の目的で2000年7月より10年間の予定で飼育展示されていましたが、2010年6月に2015年までの研究期間の延長が決定していました。 コウコウ、中国名「龍龍(ロンロン)」は、1995年9月14日 臥龍中国パンダ保護研究センターで生まれの14歳で、先に来園していた初代コウコウ、中国名「錦竹」が性成熟不全のため中国に帰ることになり、二代目コウコウとして、2002年12月9日に王子動物園に来園しました。コウコウは優しい性格で人懐こく皆に愛されていたそうです。

心よりご冥福をお祈りいたします。

※ 当協会からも、会長 田中光常氏より協会を代表して、心ばかりのお花を送らせていただきました。

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2010年8月9日 臥龍のパンダ「格格」が初出産に成功

2010年8月9日23時23分、臥龍のパンダ「格格」は6時間をかけて初出産に成功し、元気な雄の赤ちゃんパンダを産みました。これで今年臥龍におけるパンダの出産は計8回10頭の赤ちゃんパンダが誕生しており、世界のパンダ繁殖所の中で良い実績を収めています。 赤ちゃんパンダの体重は159g、元気な女の子です。現在、赤ちゃんパンダはお母さんの初乳を飲み、順調に育っています。
「格格」は初出産の為、出産まで時間がかかりました。9日17時5分に陣痛が始まり、18時23分に破水しましたが産まれませんでした。「格格」は数回息みましたが、なかなか産まれませんでした。飼育員達は「頑張れ」と祈りました。23時23分、大きな鳴き声と共に、赤ちゃんパンダがやっと産まれました。初めて母親になった「格格」は、赤ちゃんを抱っこしましたが上手くいきませんでした。数回失敗した後、無事抱っこにも成功し、緊張していた飼育員達は思わず拍手で祝福しました。


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2010年8月4日 臥龍のパンダ「娜娜」が今年も出産

2010年8月4日、21時12分、臥龍のパンダ「娜娜」が赤ちゃんパンダを出産しました。中国国家林業局の統計によると、世界中の飼育パンダの数は300頭を突破したことが分かりました。
臥龍パンダ保護研究センターの研究員の話によると、赤ちゃんパンダは元気な雄で、生まれた時の体重は130.6g。現在「娜娜」は上手に赤ちゃんパンダを育てているそうです。 「娜娜」は2009年に初出産で双子を生みました。今年5月に、雄パンダの「園園」と自然交尾に成功し、今回は2回目の出産です。


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2010年8月3日 パンダ「草草」臥龍に戻って出産

2010年8月3日4時24分、臥龍核桃坪野生化訓練基地から喜びのニュースが届きました。それは「草草」が、一頭の赤ちゃんパンダを出産したニュースでした。赤ちゃんパンダは、体重205gの男の子で、半野生環境の中で初めて誕生した赤ちゃんパンダです。そして、これは「飼育パンダの野生化プロジェクト第2期」のプランが順調にスタートしたことを意味します。
「草草」と3頭のパンダは野生環境で生存経験があり、妊娠の可能性も高く、加えて、健康体であるためこのプロジェクトのパンダとして選ばれました。
「草草」は、2003年に救出された野生のパンダで、2008年8月、四川大地震を乗り越えて初出産に成功し、立派なお母さんになりました。今回は2年ぶりに故郷の臥龍に戻り、半野生の環境の中で出産に成功しました。飼育員は、今後も「草草」の子育てが上手く行き、「飼育パンダの野生化プロジェクト第2期」のプランの研究に情報を提供してくれると信じています。


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2010年8月1日 臥龍のパンダ「水秀」は初出産で双子

2010年8月1日早朝、臥龍パンダ保護研究センターで、「水秀」は、初産にもかかわらず双子の赤ちゃんパンダを産みました。
「水秀」は、8月1日の1時17分に第一子を産み、1時40分に第二子を産みました。 その後、飼育員は第二子を取り出して保育器に移しました。第一子の体重と性別は不明ですが、第二子は体重55.3gの女の子で、パンダの出産史上3番目に小さい赤ちゃんパンダでした。研究員は24時間体制でこの子を観察しています。
「水秀」は、物静かなパンダでしたが、赤ちゃんパンダの鳴き声で乳を与えたり、舐めたりして、出産後は立派なお母さんぶりを発揮しています。


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2010年7月30日 臥龍のパンダ「妃妃」が出産

2010年7月30日午前0時16分、臥龍のパンダ「妃妃」が、臥龍中国パンダ保護研究センターで出産しました。前日23時14分に「妃妃」は破水し、7月30日の午前0時16分に一頭の赤ちゃんパンダを無事出産しました。
「妃妃」は、母性愛が強いパンダで、産後はずっと赤ちゃんパンダが過ごしやすい姿勢を取り、赤パンダの要求にすぐに反応して乳を与えたり愛情を込めて身体を舐めていました。
「妃妃」は1995年8月16日に臥龍で生まれ、2000年の初出産以来、2005年、2006年、2008年、2010年の計5回の出産で5頭の赤ちゃんパンダを出産しています。


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2010年7月29日 臥龍のパンダ「龍欣」出産

7月29日午前8時32分、臥龍のパンダ「龍欣」が、研究センターで一頭の赤ちゃんパンダを出産しました。
「龍欣」は、今年3月22日に、臥龍の雄パンダ「霊霊」と自然交配に成功し、約130日の妊娠期間を経て、7月29日に無事、赤ちゃんパンダを出産しました。「龍欣」の出産はとても順調で、破水後50分で赤ちゃんパンダを産み、直ぐに我が子を腕の中に抱き愛情をこめて舐め始めました。
「龍欣」は、出産と育児の経験が豊富なため、飼育員はまだ「龍欣」から赤ちゃんパンダを離すことができず体重と性別は不明ですが、鳴き声などから判断して赤ちゃんパンダは健康な様子です。
「龍欣」は2000年に生まれ、2005年の初産以来、5回の出産で8頭の赤ちゃんパンダを研究センターで産んでおり、2005年と2010年を除き、2006年、2007年、2008年に双子を出産しています。


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2010年7月27日 「菊笑」雌雄の双子のパンダを出産

7月27日、午前10時49分と12時35分に、臥龍のパンダ「菊笑」は雅安碧峰峡基地で双子の赤ちゃんパンダを出産しました。「菊笑」は、今回初産でした。
2010年3月22日、「菊笑」は同研究センターの雄パンダ「白陽」、「武岡」と自然交配し、更に、人工授精も行いしました。7月初旬から、「菊笑」の食欲は激減し、出産の前兆を感じさせていました。7月27日午前8時32分、ついに破水し、その約2時間後、一頭の赤ちゃんパンダが無事に「菊笑」のお腹の中から出てきました。そして、しばらくすると「菊笑」は、再び陣痛に襲われ、飼育員が緊張した面持ちで見守る中、快活な鳴き声とともに二頭目の赤ちゃんパンダを出産しました。
第一子の体重は129.3g、体長は13.9cmの雌で、第二子の体重は135g、体長は14.1cmの雄でした。二頭ともとても元気です。今回「菊笑」の出産は、2010年度世界初の雌雄の双子の赤ちゃんパンダとなります。


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2010年7月26日 上野動物園のペアパンダ決定

2010年月7月26日、東京都と中国野生動物保護協会は、ジャイアント パンダ繁殖研究プロジェクトを共同で進めることを通じてジャイアント パンダの保護を促進し、中国における野生動物保護事業のさらなる発展に寄与し、また、自然環境の保全や野生動物の保護への理解をはかるために、ジャイアント パンダの番いを借り受ける協力協定書に調印をしました。

日本に来日するパンダは2005年8月に臥龍パンダ保護研究センターで生まれた、4歳11カ月の雄パンダの「比力(ビーリー)」と、2005年7月に臥龍パンダ保護研究センターで生まれた5歳の雌パンダの「仙女(シィエンニュ)」の2頭です。「比力」は、体重143g、活発で食欲旺盛、発育、健康状態共に良好なパンダで、「仙女」は、体重124g、活発で食欲旺盛、発育、健康状態共に良好な容姿端麗のパンダです。

2頭のパンダは10年間借り受ける予定で、共同研究費として、東京都は中国側に年間、約8500万円(発表時のレートで換算)を10年間支払うことになります。
パンダの一般公開は2011年の早期を予定しており、日本でのパンダの名前も公募する予定です。

左 : 比力、右 : 仙女

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2010年7月20日 「臥龍飼育パンダ野生化訓練第2期プロジェクト」スタート

2010年7月20日、4頭の交尾済の雌パンダは臥龍パンダ保護研究センター雅安碧峰峡基地から臥龍核桃坪野生化訓練基地へと移されました。これにより「飼育パンダ野生化訓練第2期プロジェクト」が正式にスタートしました。核桃坪野生化訓練基地には十分な竹や笹があり、気候や地形も良好で、なおかつ飼育と救護施設が完備されており、飼育パンダの野生化訓練要求にすべて満足しています。

一か月前、臥龍パンダ保護研究センターは都江堰市で「飼育パンダ野生化訓練第2期プロジェクト」研究会を行いました。臥龍パンダ保護研究センターは専門家の意見を聞いてプロジェクトの準備を十分にしました。そして、雌パンダの「紫竹」、「英萍」、「草草」、「張カー」がこのプロジェクトの主人公に選ばれました。選ばれたパンダ達は健康な成年パンダであり、キョウライ山脈と岷山山脈出身で野生生活の経験があります。また、うち3頭が子育て経験を持っています。

初期の段階では、研究員が雌パンダ達の行動により、妊娠状態、出産前の行動、巣作り、出産、赤ちゃんの面倒を見て赤ちゃんの成長等を観察します。このプロジェクトは、来春赤ちゃんパンダが野生環境にスムーズに適応することを目的としています。次の段階では、赤ちゃんパンダが野生生活の経験があるお母さんパンダと一緒に暮らすことで、野生の生存能力の向上を中心に据えています。人間との接触は一切禁止され、研究員は特性のパンダの着ぐるみを着て接近します。適切な時期に天敵の声や、匂いを投入し、訓練を強化させます。これは、将来子パンダの野生での生存率を高めるのが目的です。そして、最終的にはパンダを野生に放して自力で生活が出来るようになることが目的です。


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2010年7月8日 臥龍2010年一頭目の赤ちゃんパンダ誕生

2010年7月8日午前10時04分、臥龍パンダ保護研究センターのパンダ「竹韵」が今年臥龍で初めての赤ちゃんパンダを出産しました。赤ちゃんパンダが生まれた時の体重は159.9g、体長は14.8cmで、健康な雄の赤ちゃんパンダでした。
「竹韵」は、今年3月24日に雄のパンダ「霊霊」と自然交尾に成功し、6月15日、出産の前兆が現れ、7月8日朝9時15分に破水し、10時4分に赤ちゃんパンダを無事出産しました。
「竹韵」は、2002年7月17日に臥龍パンダ保護研究センターで生まれ、2008年の初出産で双子を出産しています。今回は「竹韵」の2回目の出産となります。


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2010年6月11日 世界初のパンダDNA組成図譜が完成

中国科学者は6月11日に深センで世界初のパンダDNA組成図譜が完成したと発表しました。科学者達によれば、パンダDNA組成図譜の完成は中国「国宝」であるパンダの保護及び人工繁殖の為に新しい道を切り開くことになり、パンダに対する他の科学研究をより一層推進することになります。
パンダのDNA組成図譜の作成は、中国の科学者が発起人として、カナダ、イギリス、アメリカ、デンマークなど世界の科学者からなる「パンダDNA組成研究プロジェクト」の一環で、深セン華大DNA研究院はこの図譜作成の主な仕事を担当してきました。
1999年中国が「国際人類DNA組成計画」に正式加盟して以来、中国の科学者達は相次いで「国際人類DNA組成計画」、「国際人類単体型計画」などのプロジェクトに参加してきました。またそれと同時に水稲、蚕、ニワトリ、家畜の豚など幾つかの重要な動植物のDNA組成図譜を完成させ、中国人DNA組成図譜を初めて作成させて、中国の「生命のツリー」を完成させました。
この度のパンダのDNA組成図譜の作成と研究には、深セン大学、中国科学院北京DNA組成研究所、中国科学院昆明動物研究所、中国科学院動物研究所、成都パンダ繁殖研究基地、中国臥龍パンダ保護研究センター、復旦大学、香港大学などが参加しました。


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2010年6月10日 パンダ「龍騰」が衡陽市へ

2010年6月10日、中国湖南省衡陽市動物園にパンダ「龍騰」が現れました。衡陽市民は興奮して動物園に集まり、「龍騰」に会いに来ました。
「龍騰」は今年10歳、2000年に臥龍パンダ保護研究センターで生まれた雄のパンダで、3歳の時に碧峰峡基地へ移送されました。「龍騰」は、臥龍パンダ保護研究センターと衡陽市動物園との1年間の共同研究の計画により、中国湖南省衡陽市に属している衡陽市へやってきました。
今回衡陽動物園は「龍騰」を迎えるために、園内の白鳥湖の横に新たに200uのパンダ館を建設しました。パンダ館の室内展示場はガラス張りで、とても広く面積は60uもあり温度は常に26度前後に設定されています。また、野外展示場は140uあり、各種の運動道具が設置されています。
「龍騰」は、担当の飼育員と共に成都双流空港から5時間をかけて、その日の夕方衡陽市動物園に到着しました。検疫期間を経て、「龍騰」は衡陽市動物園で元気に暮らしています。


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2010年6月9日 日中両国は神戸のパンダのリース期間延長に締結

2010年6月9日、中国野生動物保護協会と日本神戸市はパンダの提携協議書に調印し、2000年から続いたパンダのリース契約を5年間延長することになりました。
1999年、中国野生動物保護協会と日本神戸市立王子動物園はパンダを借り受ける為10年間の提携協議に締結しました。中国から日本神戸市立王子動物園に2頭のパンダを提供し、日本側は毎年パンダの保護資金として100万米ドルを中国野生動物保護協会に支払います。この契約に基づいて、2000年7月に2頭のパンダ「錦竹」と「爽爽」を、臥龍パンダ保護研究センターから神戸市立王子動物園に送りました。パンダの名前は一般公募により「興興」と「旦旦」に決定しました。「興興(戸籍名「錦竹」)」と「旦旦」は長い間子供ができなかった為、2002年末、臥龍パンダ保護研究センターは雄のパンダ「龍龍」を「錦竹」と入れ替えました。


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2010年6月8日 アモイ市海滄動物園のパンダ、あと三年滞在

2010年6月8日、アモイ市海滄動物園海は、パンダ「21号(戸籍名)」の一年間のリース期限が満期となりましたが、臥龍パンダ保護研究センターと新たに三年間のリース契約を更新しました。
海滄動物園のパンダ「21号」は、一年前に臥龍パンダ保護研究センターから借り受けましたが、一年経った今、臥龍のパンダ「21号」はすっかりアモイ市民の友人となり、動物園では一番の人気者となりました。一年間のリース期限が近づいてくるにつれて、アモイ市民は、臥龍のパンダ「21号」がもっと海滄動物園に留まって欲しいと願うようになりました。海滄動物園は、アモイ市民のそんな思いを叶えようと、臥龍パンダ保護研究センターと交渉して、更に三年間パンダをリースできるように契約更新しました。
海滄動物園は、これから三年間臥龍のパンダ「21号」が快適に暮らせるように、パンダの新厩舎の建設を計画しています。そして、四川省のパンダの専門家を現地に招いて、より良いパンダの厩舎の設計を進めています。


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2010年6月2日 雄パンダ「陽陽」初の自然交尾

2010年6月2日、雄のパンダ「陽陽」が雌パンダの「英英」と初めての自然交尾に成功したと、臥龍研究センター繁殖場から喜びのニュースが届きました。
「陽陽」は2001年10月に甘粛省白水江自然保護区に生まれました。子供の頃は体が弱く病気がちで、2003年11月28日に臥龍パンダ保護研究センターに救護されましたが、同じ年齢のパンダに比べ成長が遅くか弱い感じでした。当時2歳の頃の「陽陽」の体重は40kgしかなく精神状態も不安定でした。そこで研究員は「陽陽」が健康になるよう特別なプランを作りました。研究員と飼育員達の努力の結果、「陽陽」は順調に回復し、9歳になった今はすっかり健康になり、体重が80kgにもなりました。2010年3月、「陽陽」はマーキングや羊鳴き等の発情の兆候を示したため、研究員達は24時間体制で観察すると同時に「陽陽」のお相手を探し始めました。6月2日、研究員は「英英」が適切だと判断し、「陽陽」と「英英」を隣り合わせの檻に移動させました。「陽陽」は小柄で経験不足ですが、「英英」の誘導もあり、午前8時57分に初めての自然交尾に成功しました。


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2010年5月20日 パンダ「陽光」がチチハル市龍沙公園へ

2010年5月20日、午前9時30分、臥龍パンダ保護研究センターの雄パンダ「陽光」が朝食後、雅安市碧峰峡基地からチチハル市龍沙公園へ旅立ちました。
「陽光」は飼育員と一緒に成都双流空港で12時50分の航空便に乗り、済南市で別の航空便に乗り換えて、北の町ハルビン市の空港に到着しました。到着後、今度は車でチチハル市の龍沙公園に移動しました。「陽光」の到着により、臥龍パンダ保護研究センターとチチハル市龍沙公園の科学共同研究がスタートしました。
7歳の「陽光」は、活発で元気な子で、かつハンサムなパンダです。「陽光」が龍沙公園での生活に早く慣れるよう、故郷から新鮮な竹、笹、茎、人参、リンゴを沢山用意して一緒に運びました。また、「陽光」の世話をする為、飼育員の任さんも龍沙公園まで同行しています。「陽光」は龍沙公園で検疫期間を経て、一般公開されています。


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2010年4月23日 パンダ「喜豆」、「錦心」、「華龍」が休寧パンダ生態園へ

2010年4月23日、午前7時50分頃、「喜豆」、「錦心」、「華龍」はチャーター便で成都から杭州へ飛び立ちました。
3頭のパンダは、杭州に着いてから車で安徽省休寧県パンダ生態楽園に移動し、2年間の共同研究のための生活がスタートしました。臥龍パンダ保護研究センターは長旅を考慮して、担当飼育員の派遣を含め万全な対策を取り、3頭のパンダは無事現地に到着しました。
休寧県は安徽省南部に位置し、自然環境が優れ、パンダの生息地である臥龍地区に似ています。「喜豆」、「錦心」、「華龍」の三頭のパンダは5日間の適応期間を経て、4月28日から休寧パンダ生態園で一般公開されました。


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2010年3月14日 幸浜の歓送セレモニー

幸浜が3月15日和歌山アドベンチャーワールドから中国四川省・成都ジャイアントパンダ繁育研究基地へ移送の為、前日14日に歓送セレモニーを催れると発表されたのは、開催当日のつい一週間前程の事でした。
そして、14日は朝から各報道陣とパンダファン達がカメラの位置を確保。幸浜も朝から運動場で遊んでました。お土産売り場の各カウンターの隅には「いってらっしゃい幸浜」と書かれた幸浜の写真入りの小さな立て看板が置かれ報告してました。
歓送セレモ二ーの開催は午後4時15分からの予定で、その30分前には係の方が紙でできた中国、日本の国旗、そして幸浜の写真入りの旗を小さなお子さんにはツインパンダの絵が描かれたお面を配り始めてました。
そのうちイルカのマリンライブを観終えたお客さん達が流れてきて幸浜の運動場の周りは沢山の人だかりになりました。開催時間が近づけば一旦バッグヤードに戻し、二人のスタッフのお姉さんたちが幸浜の未来のお嫁さんを見立てた目、鼻、口は人参、そしてリンゴのリボンをつけた雪だるまを観客の手前に置きました。
開催時間が始まると、観客みんなの「幸浜行ってらっしゃい」コールを聞きながらバックヤードから出た来た幸浜は雪だるまに向かって歩きだし、その雪だるまを一緒になって横たわり静止画のようにずっとペロペロなめ始め、そして歓送セレモニーが始まりました。
いつまでもおいしそうに雪だるまをなめてた幸浜でしたが、そのうち手が滑って観客の手前のお堀(?)に落ちてしまい、観ていた人達は「あああ〜」と言う声と同時に幸浜も「あああ〜」と言ってるかのように終始落ちてゆく雪だるまを残念そうにながめておりました。でも、大丈夫、ご安心を。予備に作られたもう一つの雪だるまを持ってきてもらい、セレモニー終了後も、再び閉園までなめつくす幸浜なのでした。
今回は関西空港発の旅客機は110キロの幸浜を入れたケージには小さく、大阪(伊丹)空港から成田空港経由という長旅になります。
午前2時に幸浜はみんなに見送られ車でアドベンチャーワールドを出発し、関空の前を通過し、大阪府の中をくぐり抜け約3時間で大阪空港へ。そして午前8時、幸浜と彼の将来の夢を乗せたANA2176便は大阪府と兵庫県の県境を結ぶ山と川の真上をぐるりと大きく旋回し、一路成田空港へと飛び立つのでした。

(レポート:会員 橋本周子さん)

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